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[報告](8/3〜4)第18回もうひとつの戦争展(頑張れ日本!全国行動委員会愛知県本部)

kage

2019/08/17 (Sat)

*頑張れ日本!全国行動委員会愛知県本部のブース(区画)に展示したパネルです
平成30年・2018・パネル(01)〜(12)]
令和 元年・2019・パネル(01)〜(08)]

2019 18回 もうひとつ 参加

・初回投稿2019-08-13
・最終更新2019-08-17

第18回「もうひとつの戦争展」に来場された皆様、厚く御礼申し上げます。
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告知ページ
第18回 もうひとつの戦争展【名古屋
2019年8月3日・4日 名古屋国際センター4階展示室
[展示]実行委員会パネル展示
[テーマ]
「わたしたちの使っていた教科書は間違っていた!?〜中学校歴史教科書採択を控えて〜」
[参加団体]
・頑張れ日本!全国行動委員会愛知県本部
・日本世論の会愛知県支部
・愛国倶楽部
・日本のこころをつたえる会
・平成・美しい日本を護る会
・愛知竹田研究会
 その他

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「当会」は、昨年に引き続き、移民反対をテーマとした展示をいたしました。

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*頑張れ日本!全国行動委員会愛知県本部のブース(区画)に展示したパネルです
平成30年・2018・パネル(01)〜(12)]
令和 元年・2019・パネル(01)〜(08)]

▶「移民受け入れ」は反日勢力の日本破壊・解体・乗っ取りの道具
▶「外国人比率が75%の街」が東京に出現(NEWSポストセブン2018/8/7
▶ 9割が中国人の高校、5割以上が外国籍の小学校、歴史教育は?
 国旗は日本と中国のふたつが掲げられ、中国の国歌斉唱(ここは日本の学校です)
宮崎県のとある私立高校…
▶「争いなどしなくても国は乗っ取れる」我々の女性の子宮が勝利する
ドイツ・イスラム移民リーダーの言葉
英国バッキンガム宮殿をモスクにするよう要求し始めた移民達
▶外国人の土地取得と「移民」はひとつながりの問題
  規制なき外国人の土地買収による領土消失
 「日本」が日本人のものではなくなる危機
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●我が国は、デフレで過半の国民が貧困化する中、(世界で失敗が明らかになっている)移民国家に向けて周回遅れで舵をとるという最悪の選択をしていますが、日本はまだ間に合います。今を生きる日本人が将来の日本人のために、必死に移民国家化に抗わなければなりません。これからも我々は移民反対を強く訴えていきます。

●さて、今年のもうひとつの戦争展のテーマは中学校歴史教科書でした。講師としてこの問題に長年取り組んでおられる藤岡信勝先生を招いて「日本人を腑抜けにした歴史教科書の罪」と題する講演会を開催しました。

●「国のために戦うか」との問いに、世界各国の青年の概ね80%以上が「戦う」と答えているのに対し、日本の青年にあってはその数字が10%台と極端に低いのです。なぜ日本はこのような腑抜け国家となってしまったのか、その淵源には歴史教科書問題がある・・・このように講演会がスタートしました。

●左翼を相手に日々闘いを続けておられる、立派な愛国者である藤岡先生ですが、学生時代に日本共産党に入党され、教員になってからも熱心に活動されていたという過去があります。しかし、湾岸戦争を境に考えが180度変わり、それからは「自由主義史観」の構築を提唱されて保守系論客として活躍されています。

●異色な経歴をお持ちの藤岡先生ですが、共産主義の誤謬については1970年代に気付いておられたとのことです。ソビエト連邦時代の強制収容所の悲惨さを世界に知らしめた『収容所群島』(ソルジェニーツィン著)といった著作によって共産主義の実態が明らかになり、共産主義に対しては早くから幻滅を感じておられました。しかし、平和主義については湾岸戦争の最中までは信じておられたそうです。日本における平和主義者とは、憲法第九条によって平和が守られていると考える人々を主に指しますが、平和主義とは一体どのようなものでしょうか。

●1990年の夏、イラク軍がクウェートに侵攻し、翌年初め、アメリカ軍を中心にして編成された多国籍軍がイラク軍に反撃をして、一ヶ月余でイラク軍を制圧しました。これが湾岸戦争です。その間、日本は、自衛隊による多国籍軍への後方支援の他に、総計で1兆7000億円余の巨額の資金援助を行い、さらに湾岸戦争終結してから二か月後、自衛隊がペルシャ湾に掃海の目的で海外派遣されました。大東亜戦争の敗戦から46年ばかりを経て、ようやく日本の軍隊が海外に足跡を印すこととなったのです。

●しかし、日本には第九条第二項の縛りがあります。戦力不保持と交戦権否認を謳ったこの縛りによって、自衛隊派遣活動もこれまた大いに縛りを受けたのです。後方支援を行うということは、前方活動(戦闘)に「義」があると認めたということです。さはあれ、戦闘には参加せずに犠牲を伴うことは他国の軍隊に任せる、という態度を日本は世界に示したのです。結局、日本が実質的に行ったのは巨額の資金提供だけじゃないかということになり、それゆえにクウェートの「感謝状」の相手に日本は含まれていないという落ちとなりました。第九条第二項に込められている平和主義とは、自分は戦わずに危険なことは他人に任せるという精神なのです。「国のために戦うか」との問いに「戦う」と答える青年が極端に少ないのも、平和主義がこの日本に蔓延していると考えれば合点がいきます。

●戦後日本においては、平和主義という言葉は肯定的に捉えられています。しかしこの考えは世界標準ではありません。「あなたはパシフィスト(平和主義者)ですね」と言われたら、常識ある外国人であれば「私は卑怯でも臆病でもない。いざとなったら家族のため、祖国のために戦うことを厭わない」と抗議するはずです。つまり、平和主義とは卑劣漢・臆病者といったイメージの付きまとう否定的な言葉なのです。これが世界標準です。

戦後日本人は、平和(つまり、戦争のない状態)をアメリカに守ってもらうという前提の下で、平和の維持や回復のために戦うことを不徳とみなしてきました。日本人を腑抜けにさせて日本人が再び牙を剥かないよう、GHQによって巧みに飼いならされていることにも気付かずに・・・。そして、その一つの手段が、平和主義・自虐史観満載の歴史教科書による教育というわけです。

●ですから、平和主義から日本人を覚醒させるためには、歴史教科書問題は避けて通れないのです。長年に渡ってこの問題に携われてきた藤岡先生をはじめ、そのような自覚を持った有志が集まって今回の「もうひとつの戦争展」開催の運びとなりましたが、我々の思いが少しでも来場者に伝わったならば幸いです。

●戦後70年以上が過ぎても悲しいことに多くの日本人は未だに平和主義にかぶれているという「平和ボケ」が続いていますが、それでも諦めずに平和主義を打破せんと、我々は来年も新たな企画を立てて世に問う所存であります。来年も会場で皆様にお会いできることを楽しみにしております。

●最後にもう一度、今年来場された皆様には厚く御礼申し上げます。


(報告者Y.U)

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「もうひとつの戦争展」HP
https://www.m-sensouten.com
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