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[第25回 合同ポスティングご報告]第204回(2016/10/22)

kage

2016/10/25 (Tue)

[第25回 合同ポスティングご報告]第204回(2016/10/22)

本日は12名の有志の参加を得て、

(1)民進党 近藤昭一議員の落選チラシ
(2)【2016/11/6】日本に移民はいらない!外国人雇用特区反対!【名古屋・街宣】の告知チラシ

の2種類同時ポスティングが実施されました。

先月は雨のために泣く泣く中止となったポスティング活動ですが、本日は曇りではありましたがこの時期にしては温かくて非常にやりやすい一日となりました。

近藤昭一の売国奴ぶりについては今更説明するまでもないのですが、近藤昭一の(売国的)政策の一つに「脱原発」があります。近藤昭一の最近のFacebookを覗くと

「国民の声とは裏腹に原子力政策に前のめりな安倍政権。そこにブレーキをかけてきたのが新潟県民であり、泉田県知事でした。その泉田さんが立候補しないという中、再稼働させないと立候補した米山さんの勝利は、新潟県民の勝利であり、民意の勝利、民主主義の勝利です。おめでとうございます!」

と、先日行われた新潟県知事選挙で柏崎刈羽原発の再稼働を認めない立場の米山候補の勝利を祝福しています。米山候補が勝利したのは確かに新潟県民の民意の表れと言えるのでしょうが、新潟県民は真摯に原発問題を考えた上で投票行為に及んだのでしょうか?そのことを考える時、原発問題の最も当事者である柏崎市、刈羽村での得票率は非常に示唆に富んでいます。

【桜便り】沖縄左翼リーダー山城逮捕! / 新潟県知事選の正体 〜 ボギーてどこん / 三井田孝欧柏崎市議[桜H28/10/19]
https://www.youtube.com/watch?v=Pdpz5kJffwY


新潟県全体の得票率は「米山候補52.15%、森候補45.89%」ですが、柏崎市では「米山候補45.17%、森候補53.51%」、刈羽村では「米山候補38.07%、森候補61.05%」となっており、原発問題の最も当事者は逆に(再稼働を認める立場の)森候補に投票するという逆転現象が見られます。これは何を意味しているのでしょうか?

柏崎市、刈羽村の有権者は、行政側から原発についての詳しい説明を何度も受けていますし、それだけ新潟県全体の有権者よりも原発についての正しい知識を持っているはずです。その結果、原発は再稼働すべきと考える人の割合が多くなったというわけです。

この選挙結果を受けてマスコミは「反原発の潮流が生まれた」といった報道をしましたが、実際はそうではなく、選挙の結果が無知な有権者の投ずる一票によって左右されてしまうという民主主義の危険性がここに表れているのです。近藤昭一は「民主主義の勝利」などとほざいていますが、全くわかっておりません。(もっとも、有権者が無知な程、近藤昭一の「脱原発」といったフレーズにコロッと騙されてしまうわけですから、奴のような売国奴にとっては有権者が賢くなるのが一番恐ろしいことなのでしょう。)

今回の選挙は、本来であれば「上越新幹線の新潟空港乗り入れ」といった国土強靭化に関する政策についても大いに論点に掲げるべきでありましたし、またそのような政策は新潟県民のみならず国民全体の関心事でもありますから、全国民を挙げての活発な議論の糸口にもなったはずです。確かに原発問題は大変に大きな問題ではありますが、今回「原発!イエス? or ノー?」というワン・イシュー(単一争点)の選挙になってしまった感があるのは非常に残念に思います。さらに、原発という国家のエネルギー安全保障の根幹に関わる問題が、一県民の住民投票の結果で左右されてしまうというのも何とも空恐ろしいものを感じます。

米山新新潟知事はこれまでに自民党・維新の会と渡り歩いてきた人物ですが、今回の選挙では日本共産党などの野党共闘の立役者として一躍有名になりました。米山新知事は以前は原発推進の立場でしたが、今回の選挙では反原発の旗手としてその存在を世に知らしめたわけです。見事なまでの「方向転換」ではありますが、意見が変わる事それ自体はとやかくは言いますまい。人は成長する過程で意見が変わるというのは当たり前のことでもあるからです。

しかし、公人としてこれまで原発推進の立場であった人物が何の釈明もなく原発阻止の立場へと豹変するとなれば、政治家としての姿勢・資質に疑問を持たれても仕方のないところだと思います。しかしなんかこの構図、どこかで聞いた話ではないですか?そう、翁長現沖縄県知事を連想しますよね。

普天間基地の辺野古移設反対の急先鋒である翁長知事もかつては辺野古移設に賛成していたのです。辺野古移設の当事者である辺野古住民の7〜8割は移設容認派なのですが、平成26年の沖縄県知事選挙の際、沖縄2紙(琉球新報、沖縄タイムス)の援護射撃にも助けられて辺野古移設推進の立場である仲井眞元沖縄県知事を破ったのは記憶に新しいところです。

地元住民の意向が蔑ろにされる中で過去の言動と真逆な主張をする候補者が勝利するという構図は、平成26年の沖縄県知事選挙と今回の新潟県知事選挙で似通っているように思えるのです。翁長知事は辺野古移設に反対しながらも補助金はちゃっかりといただくというしたたかさをお持ちですが、米山新知事は原発反対を叫びながらもこれまで国からいただいていた原発関連の補助金をこれからも受け取るのでしょうか?非常に見ものですね。

ちなみに、原発は「停止していれば安全」というわけではありません。使用済み核燃料が沈められているプールが原発内部にあるという点においては、再稼働していようがいまいがそのリスクに変わりはないのです。米山候補に投票した有権者がこの辺りを理解して投票したのかどうかも非常に怪しいではありませんか。結局、民主主義は有権者の質が高くなければ有効に機能しないということなのです。

このような選挙結果を目の当たりにすると、国民が国を守るという非常に崇高な義務を果たすことを全く考えずに、ただの空気とノリで政治の代表を選び出しているのではないかと感じてしまうのです。よく、政治不信といったことが叫ばれます。確かに、政治家や官僚にその責任の一旦があるという部分もあるのでしょう。しかし、我々国民が政治に関する事柄について自らが責任を負っているという自覚に欠けてしまっているのが問題の本質だと思うのです。

政治家や官僚がしっかりとしなければならないのはもちろんのことです。しかし、我々国民が「政治は自らの生死にも関わる問題であり、その責任は自らが負わなければならない」といった自覚を持つことこそが大切なのではないでしょうか。そういった自覚を持つ国民のみが、真の主権者として政治に参加する権利と義務が与えられると思うのです。

このブログをご覧の方の中には、近藤昭一支持者もいるかもしれませんが、私は近藤昭一支持者に問いたいのです。「あなたは自分の頭で考えて政治活動をしているのですか?」と。もしもあなたが自分の頭を使って考えた結果、近藤昭一支持という結論に至ったのであれば、私はあなたを咎めるつもりはありません。人には思想・信条の自由があると思うからです。しかし、あなたが例えば連合系の組合に属していて、その関係でさしたる考えも持たずに近藤昭一の政治活動に携わる形となっているのであれば、私はあなたを許すことはできません。思考停止した人間には政治活動をする自由などないと思うからです。そのような思考停止は社会に多大な迷惑をかけて、必ずや社会を破滅の方向に導くことになるのです。

人として生きている限り、思考停止は最大の悪なのです。私も政治活動に携わる端くれとして「政治は子供の遊び場ではない」という言葉を胸に刻みながら、自らの行動を律していく所存です。

藤井教授都構想シリーズ『最終回』 〜人類最大の悪は「空気とノリの民主主義」である〜
https://www.youtube.com/watch?v=7ny3GK34ePw


(報告者 Y.U)

【頑張れ日本!全国行動委員会 愛知県本部】
http://ganbarenihonaichi.blog24.fc2.com

頑張れ日本300愛知kuro2
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愛知県版ちらし【日本に移民はいらない!】愛知県・外国人雇用特区反対!【日本人のための日本消滅】
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