2017 05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2017 07

懇親会の御報告(2017/04/23)※23日が名古屋市長選挙のため今月(22日)のポスティング活動はお休み

kage

2017/04/25 (Tue)

懇親会の御報告(2017/04/23)

※23日が名古屋市長選挙のため今月(22日)のポスティング活動はお休み

【日時】平成29年04月22日(土)14時〜16時
【場所】熱田生涯学習センター



9名が参加し、楽しくおしゃべりをしながら、ちらし折等の作業を行いました。

名古屋市民の皆様、名古屋市長選には行かれましたか?現職の河村たかし氏の4選なるか、と我々もおしゃべりしながらいろいろと情報交換しました。今回、河村たかし氏が4選を果たされましたが、河村市長は名古屋のトップとして相応しい人物なのかどうか、ちょっと考えてみたいと思います。

河村市長は「議員はラーメン屋のオヤジになれ」と言ってはばからない人物です。「まずいラーメン屋、経営努力をせんラーメン屋はどんどん潰れていくように、政治の世界でもええ政治をやらなんだら、誰も見向きもせんようになる。そしてその議員は路頭に迷うような、そういうシステムを作っていけばいいと思うとる」と、『名古屋から革命を起こす!』という著作で述べていますが、はっきり言って政治をなめているとしか言いようがありません。社会に責任を持たない無知な大衆の要求は必ずや無限大となり、それに乗っかって大衆に迎合する政治家の出現によって国は滅ぶという、古今東西変わらない法則があるのですよ、河村市長。

紀元前のローマ帝国では、社会をうまく運営できずに大量の貧民が生まれてしまい、貧民となったローマ市民は「シビル・ミニマム」(市民の最低要求)を要求し始めました。これに対応するのは政治の仕事であるのはもちろんですが、そういった社会福祉は次の発展にはつながりません。貧民が生まれる構造に手当をせずに貧民に直接手当をしても、貧民の数は減らないどころか増えるだけの結果になるのは当たり前の話です。しかしローマでは、政治家はシステム的展望を示すことなくローマ市民の要求にただただ応じるのみでした。

人は、求めれば与えられる環境に浸ってしまうと、その要求は必ず無限に拡大するのです。ローマ市民の場合は「パンとサーカス」を要求しました。生きるためのパンはともかく、サーカスという見世物を要求するとは一体どんな了見なのでしょうか?なぜ、そのようなものが「シビル・ミニマム」に入ってくるのでしょう?それは、ローマ市民は働けないから時間が余るので、その時間を潰すために要求されたのです!

コロセウムでは、ローマ市民の希望に沿うために人の殺し合いや人と動物の殺し合いが演じられました。政治家は大衆の人気を得るために、自宅の前に群れをなすローマ市民にパンを与えなければなりませんでした。ローマ帝国は、貧民や職のない市民が生まれる構造には真面目に取り組まずに、皇帝クラウディウス(紀元41〜45年)の時代には見世物としての競技などの日数が一年間で93日にまで上がり、しかもそれらは全て公共の費用で賄われました。さらにその後の紀元354年頃には、一年間のうち競技日が175日、休日が200日という無茶なことになっています。社会に責任を持たない無知な大衆の要求は必ずや無限大となり、それに乗っかって大衆に迎合する政治家の出現によって国は滅ぶのです。もちろん、ローマ帝国は滅んでいきました。

このような無限の幼児的かつ幼稚な要求がされた例は枚挙にいとまがなく、紀元前のギリシア文明の末期にはもっと驚くべきかたちで登場しています。政治家ペリクレスは大衆に迎合して、全ての市民が裁判官たれという主張を認め、市民3万人のうちの6000人を裁判官に任命しましたが、なんとその中には子供も混じっていました。この話を聞くと、カンボジアのポル・ポト派の虐殺が、子供を実質上の検察官にしたことが思い出されます。アテネ市民は、スパルタとの戦いに負けたがゆえに苦しいアテネの財政事情など全く考慮せず、福祉年金の垂れ流しや、歴史に名高いテオリコン(見物料)を要求しました。本来はアテネの再建に使うべき金とエネルギーが見世物とただ払いのパンに化けてしまったために、アテネもまた滅んでいきました。

選挙の際は「身を切る改革」などと言って有権者にこびへつらう態度を見せて票を集めようとする候補者が必ずいるものですが、そういった候補者に我々有権者は警戒をしなければなりません。そういった候補者は、大衆の言われるままに「パンとサーカス」を与える人物なのではないですか?また、「議員はラーメン屋のオヤジになれ」とのたまう河村市長は、ラーメンのみならずパンとサーカスも与えかねない人物なのではないですか?「税金を1円でも安く日本最高の福祉をお届け」といった河村市長の言葉に重みがあると感じられますでしょうか?減税日本の減税公約について「財源が明らかでないまま言うのは、人気取り以外の何物でもない」と2011年の愛知県知事選の応援演説で正論をもって批判したのは民進党(旧民主党)の岡田克也でした。しかし、明確な財源を示さないまま「あれやる、これやる」と散々威勢の良いことをいって政権交代を果たした後、「やるやる詐欺」が早々に判明して急速に国民の支持を失ったお前らが言うな、と突っ込みたくもなりますが・・・

名古屋弁を話す面白いオジサン、といった程度の軽い気持ちで河村市長に投票した名古屋市民の皆さんには、よく考えてもらいたいのです。今回は市長選でしたが、名古屋市民は日本国民でもありますし、国会議員を選出するという崇高な義務もあります。国民には国を守る義務がある、という意識を国民が持たなければ、国は成り立ちません。国民に国を守る義務がなければ、誰が国を守るのでしょうか?本来、国を守る義務のある国民にしか政治に参加する資格はありません。政治家がしっかりとしなければならないのはもちろんですが、「政治は自らの生死に関わる問題なのだ。その責任は最終的には自らが負わねばならないのだ」といった自覚を持つ国民のみに、真の主権者としての権利と義務が与えられるべき、と思うのです。

政治は、子供の遊び場ではありません。ともあれ、今回4選を果たされた河村市長には政治に「真面目」に取り組んでいただくことを、一名古屋市民として切に願います。

(報告者Y.U)


第215回 街頭宣伝活動 in 名古屋 のご報告(2017/4/8)


【頑張れ日本!全国行動委員会 愛知県本部】
http://ganbarenihonaichi.blog24.fc2.com

頑張れブログプレート_200g

【チャンネル桜】
http://www.ch-sakura.jp
関連記事
スポンサーサイト

コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック